
少しネガティブなタイトルになっておりますが
私自身、世の中の闇なんて見てきてはおりません。
ただ、高校生の頃と、10代後半〜20代前期に何とも言えない感情になったことを
先日ふと思い出す機会がありましたので、ここに記しておきたいと思います。
死んだ魚のような目
大変失礼な書き方ですが
多分、私が「死んだ魚のような目」を人生で初めて見たのは
高校生の頃に、同級生の紹介で一回だけやった
日雇いのバイト先でした。
そのバイトは百貨店の内装(店舗入れ替え)における
荷物の搬入、搬出、レイアウト変更などのバイトでした。
私は高一からずっと某Mの付くドナルドバーガーで
バイトしておりましたが
日雇いバイトは初めての経験で
「やりたい」とは全く思いませんでしたが
人生勉強にはなるかな程度に行った記憶があります。
民度がどうしようもないほど低い
皆さん競馬場とか競艇場。
パチンコ屋って行ったことありますか?
今は競馬場など大分良くなったと思いますが
競艇であったりパチンコなどは言わずもがなだと思います。
※ 行かないので分かりませんが、パチンコ屋さんは最近綺麗みたいですね。
話は日雇いに戻ります。
禁煙だと言われてるエリアでも
吸いながらの作業。
室内なのに痰を吐く。
そして、それを誰も何も言わない。
とりあえず、飛び交う言葉が全体的に汚い。
一緒に行った友人に「いつもこうゆう感じなの?」と聞くと
「こんなもんだよ。金が良いから俺はやってる」
との返事。
確かに時給換算で言うと
3,4時間で通常バイトの1.5〜1.7倍程度は稼げていた。
でも年下であろう現場責任者の方にボロクソ言われながら
作業をする覇気の無い目をした中年おじさん達。
(多分、今の私と年齢で言えば同じくらい)
働く意味がお金だけで何の成長もやりがいもない環境。
当時は「闇」とすら思ってませんでしたが
こうなってはいけないなと憐れみのような
感情と共に、封筒に入った日当を貰って返った記憶があります。
※ 今思うと、銀行振込してない時点であれですね、、、
繁華街で24時間営業した結果
さてさて話は数年進みまして
ドナルドバーガーでのことになります。
当時、私はバイトでしたがマネージャー職になっており
バイトがバイトを面接すると言う、良く分からない状況になっておりました。
時制で言えば
社長がFさんからHさんに変わり
「打倒コンビニ」を掲げ繁華街は強制的に24時間営業になっていきました。
その経営判断にどうこう言える身分でもなく
従わざるを得ない状況。
今の若い人は知らない単語だと思いますが
当時「ネット難民」と言う言葉がニュースなどで流れてくる時代でした。
これがどうなったと思いますか?
一気にマック難民に変わっていきました。
でもそんなの当たり前です。
100円のコーヒーで
トイレが使えて、冷暖房効いた場所で夜を過ごせるんですから。
当時、私は朝担当でしたので
6:00頃に店舗に行くと、それは大変悲惨なもので
「ここで戦争でもあったのかな?」
と思うほど、荒れ果て、また大変失礼な言い方で
恐縮ですが、お風呂に入って無い方が集まってしまうので
店舗内の匂いも酷いものでした。
今まで来てくれていたお客様も当たり前ですが
足が遠いていってしまっておりました。
あんな環境で朝ごはん食べたい人など居ません。
しまいにはトイレで体を洗いだす人などもおりましたが
それすら「普通の光景」に見えてしまっていた自分もおり
大分、神経がやられていたのだと思います。
そして、会社と言うのは
大変面白いもので、こうゆう状況を作っておいて
「深夜帯、朝帯の売り上げを上げろ」
と指示を出してきます。
数年かけて、売り上げ施策を行なってきたのを
一瞬でぶち壊しておきながらです。
私は、自分で言うのもあれですが
バイトとは言え、かなり前向きに仕事に取り組んでましたし
MGR職としては、SW-MGRではなくASW-MGRと言う
SW-MGRよりも上の役職でもありました。
ですが、この瞬間に全てがどうでも良くなり
自分の裁量で出来ないことを仕事にしても意味がないと
強く思ったのを今でも思い出します。
今思うとこうゆう経験を10代後半〜20代前半に出来たので
・就職をしない人生を生きる
に自然とシフト出来たのだと思います。
今でも日雇い労働者みたいなもの
カメラマン仕事と言うのは
基本的に一案件に幾らみたいなものですし
形態としては、労働集約型となります。
もちろん、サブスクの様に月額固定でやる仕事もあったり
自分が現場に行かず、契約頂いているカメラマンさんに行って頂いたりと
私自身の日雇い労働感はそこまでありませんが
それでも実態としては日雇いに近い部分があります。
もちろん仕事に貴賎はないですし
彼らに対してどうこう言うつもりも全くありません。
ただ、当時と違うのは
・請ける、請けないの決定権はこちらに全てがある。
・基本的に仕事が好きな人が集まりやすいので、死んだ魚の目には遭遇しなくなる。
・尊敬出来ない組織、人の下に付く必要性と義務がない。
私にとってはこの3点だけでも、大変大きな違いになります。
40代になった自分が20代の自分に言いたいこと
今の私は大分、恵まれた環境で仕事をさせて頂いていると思います。
基本的にはお客さんも、一緒に仕事してる仲間も好きですし
時には少し意見が食い違うことがあっても「普通の話し合い、すり合わせ」で
すぐに修正出来る、信頼関係がある方々と一緒に仕事を出来ております。
20代の頃は、職場環境は一瞬でゴミ以下になりましたが
一緒に働いている仲間は好きでした。(今でも関わりがありますしね)
でも一つだけ言えるとしたら
自己犠牲をそこまで強いる必要は全くない。
君が守ろうと思ってる程、会社は君のことを守ってはくれない。
私は良くも悪くも、見切りを付けた時と
退職の時期がそこまで離れてなかったので大丈夫でしたが
正直、最後の1年は
死にそうな魚の目だったと思います。
当時は「鬱」と言う単語の認知が世の中にそこまでなかったと思いますが
間違った自己犠牲の先にあるのは鬱と虚です。
そうゆう意味では、私はギリギリのところで通常に戻れ
今の仕事をするキッカケになった会社に転職したわけですが
あのまま無理して、自分の意思とは関係なく
上の言われることを遂行しようとしていたら
間違いなく心を壊していたと思います。
そしてそうなってしまってる人は
現代に非常に多いのもまた事実としてあるでしょう。
私は社会人生活の中で「会社員」と言うのは
経験したことがなく、最初から個人事業→法人設立と言う
ルートを辿りましたが、それは多分、上記の経験を
社会に出る前に勉強出来たからだと思います。
店舗レベルで幾ら足掻いたとて
本部レベルでのトップダウンには従わざるを得ない。
それがどんなにクソな方針でも。
だったら規模うんぬんではなく
自分で自分にトップダウン出来る環境を作れば良い。
私は良くも悪くも社会に適合出来ない人種でしたので
自分の作った会社で働き、今を楽しく生きることが出来てますが
・大学中退
・社会人経験なし
・個人会社程度の法人代表
こんなの何一つ誇れることではありません。
ですが、自分が自分の人生に満足できているのであれば
それで良しと思っております。
自分の人生ですからね。
少し長くなってしまいましたので
今回はここで終わろうと思います。
